2016/02/29

2016年2月29日 - 湊

石巻市の日和大橋から湊地区へ。漁港背後地から渡波を目指した。

あの広い臨界道路(県道石巻女川線あるいは都市計画道路門脇流留線で工事中。)の
真ん中にあった緑地帯を「高盛土道路」(高さ3.5メートル)として
整備するというものだ。右折して石巻魚市場周辺に向かった。
市場の上屋は一部4階建て延べ4万6000㎡。水揚げ棟の長さは896m。
震災前に東洋一だったころの650mを、さらに上回った。

やはり港は活気があった方がいい。
が、建物や施設の復旧と比べれば、背後地の水産関連業の売り上げや
従業員数はまだまだ復旧半ば。

背後地の緑地帯で「龍神弁天像」を見つけた。
毎年、夏の川開き祭りの際、ここで「大漁祈願祭」を行うという。






2016/02/28

2016年2月28日 - 鮎川

鮎川での調査捕鯨船の水揚げは震災の年の暮れから始まったようだ。
しかし、かつての「鯨の町」を彷彿させるものは町には見当たらない。
5年前のあの日、市街地を濁流が呑み込んだ。

土産品売り場も、観光客用に設けられた大きな食豪などはことごとく津波で流出。
ホエールランドの施設は解体され、捕鯨船「第16利丸」が陸揚げされたままあり、
わずかに鯨とのつながりを伝えている。

3月の初めにオープンという「情報交流館」も写真に撮った。
「全体像を理解できる施設」として期待を抱いた。
周辺にある「おしかのれん街」も活気づくかもしれない。
石巻から直行で1時間半。遠いと思わず、一度は足を向けたい被災地だ。





2016/02/27

2016年2月27日 - 十八成浜(くぐなりはま)

鯨の町・石巻市鮎川に向かう途中、
「十八成浜(くぐなりはま)」によって写真を一枚。
そこは、石巻市有数の海水浴場。
弓状に砂浜が広がり、海の向こう側に網地島や田代島が見え、
夕暮れ時の景色もよかった。5年前の震災で壊滅的な被害を受け、
海辺の家は消えたまま。浜辺にはまだがれきが残っているような感じ。
重機が砂浜で作業をしていた。海水浴場の再開はまだ先だ。
この浜も全国33カ所の「鳴り砂」と記憶していたが、
たぶん鳴ることはなさそうな気がした。




2016年2月27日 - 月浦

今日から毎日、「被災地からのミニ報告」を。

東日本大震災から間もなく5年です。

もう一度、沿岸被災地を巡ってきました。最初の目的地は月浦。
今から400年以上も前の1613年この地からサンファンバウティスタ号が出帆、
一行はスペイン、ローマへと船出しました。
支倉常長像がある展望台には仮設住宅がまだ建っていました。
船着き場は整備され、沿岸漁業には差し支えないほどに復旧しましたが、
観光地としての面影はありません。
「南蛮井戸」も単に排水溝にしか見えません。観光や文化は後回しがよく見えました。