2016/04/13

2016年4月13日 - 日和が丘

石巻市日和が丘1丁目1-1の旧市役所周辺を歩いてみた。大震災では北上川に近いだけに平地は津波をまともに受けた。旧役所に近い位置にあった「紫明神社」のお社の屋根を覆ったというが、若干の補修を経た程度で鳥居のある境内とお社は残った。

この神社のいわれは面白い。明治15年と19年に蔓延した流行り病に、なぜか坂下地区と本町地区住民の誰一人罹患しなかった。神社のある一帯は藩政時代に鮭の貯蔵倉庫だったというが、「神社の徳の深さによるもの」と、敬うようになった。同28年8月の流行り病でも町全体で200人以上が亡くなったというが、坂下周辺の死者は出なかった。

そのご利益が大震災であったかどうかは分からないが、市役所通りや坂下、本町という旧市役所に近い平地の住民は、石巻小学校や、中央公民館へと逃げた。商店や住居は2m近い浸水を受け、全壊状態に。その後、更地になり、そこを離れた人も少なくない。

そんな中、「コーヒー むぎ」の店を見つけた。元の場所から10mほど南側に移り、昔ながらの黄色い看板が店の前に立っていた。店主の増子昌之助さんがコーヒー店を開いたのが1959(昭和34)年というから、以来半世紀を超えている。

震災で公民館に避難。その年の12月には店舗再開にこぎつけたが、1年半後に心労が重なり亡くなられた。87歳だった。今は、奥さんの良枝さんが店を継いでいる。メニューを張り付ける盤やコーヒーカップ収容の棚などは、全国からのボランティアの人がきれいに洗い、磨いてくれたものを使っている。「若いときに、ここでデートしたとか、見合いした人などが懐かしいと、ね。来てくれた」と良枝さんは語る。

旧市役所は取り壊されて跡地に復興公営住宅が建ち、完成が近い。緑地公園向かい側(旧ナリサワ学校屋)にも復興公営住宅が建つ。こちらは入居が近い。中央1丁目地区被災地復興区画整理事業の一環としての中層型ビル建設で、完成道路の拡幅などの工事も急ピッチ。住宅と商店が共存する地域にしようという考えだが、まだ道半ばだ。


かつて人々を厄病から守った「紫明神社」は津波に耐えた



震災後の都市計画事業で移転しながらも再開した「コーヒー むぎ」。マスターはなくなったが、開業半世紀以上になり、若いころに通った人も多いはず



「むぎ」の店内には震災前に使った調度品も



旧石巻市役所は昭和30年代にできたが、震災で取り壊され、復興公営住宅へ



「ナリサワ」角付近にも6階建ての復興公営住宅が建ち、入居も近い



道路拡幅も含めて住宅と商店が共存する地域再生に動いている


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