2016/04/25

2016年4月25日 - 石巻〜雄勝

縁とは不思議なものだ。生まれも育ちも違う男女が結ばれるには、決定的出会いがある。それを人によっては「赤い糸で結ばれた運命的な出会い」ともいう。偶然であり、必然でもある。だから「縁は異なもの味なもの」なのかもしれない。

24日、石巻グランドホテルで披露宴を行った若い二人(四倉由公彦さん、寛子さん夫妻)は、「伊達の黒船太鼓」のメンバー。大震災で市街地の大半が壊滅的被害を受けた雄勝地区を、ともに元気にしようと活動してきた仲間が結ばれた。

「伊達の黒船太鼓」は1990(平成2)年に、当時の雄勝町が町制施行50周年事業として創設した創作和太鼓集団。命名の由来は同町の呉壺でサン・ファン・バウティスタ号が建造されたという言い伝えによる。たまたま前年、石巻広域圏全体で「東北学おこし」が展開され、そこで「サン・ファン復元船建造」が具体化した。伊達の黒船太鼓は「進水式ではぜひ演奏したい。できれば、スペイン、ローマで…。」という大きな目標をもって創設された。93年5月22日の中瀬・村上造船所で行われた進水式では、その一つを実現し、勇壮に演じられた。

新郎とは、父(年思也さん=(有)四倉製瓦工業所社長。東京駅復元事業でスレート屋根の部門を担当し、一部を被災しながらも残った雄勝産玄昌石で屋根を葺いた責任者)と友人という関係で知っているが、彼と「伊達の黒船太鼓」の接点は9年前に硯伝統産業会館で開かれた「雄勝石と出会った30人のグラスアーチスト展」(新郎の叔母で小林未季さんが主宰の「未季会」=東京=が主催)だった。

1カ月余の開催で5,000人の有料入場者をカウントできたこの催しでは、コンサートも開いてきた。東京の和泉真弓さんのピアノ弾き語りのほかに、「ペルム幻想」(和泉耕二さん=現大阪音楽大学名誉教授=作曲)の演奏だった。それは「太鼓とピアノ」をコラボしたもので、ここで伊達の黒船太鼓と新郎が出会った。以来9年の歳月の中で東日本大震災が発生し、活動の拠点・雄勝地区は市街地が壊滅的な被災を受け、人口が激減している。

そうした中で、新婦も仲間入りした伊達の黒船太鼓の集団は、「町を、避難している人たちを元気にしたい」と演奏活動を展開してきた。その活動の中で、二人の愛は育まれたと、勝手に想像している。

披露宴では、雄勝の伝承芸能として復活を遂げた「雄勝町胴ばやし獅子舞味噌作愛好連」がオープニング演奏。新郎新婦は一対の獅子舞に守られるようにして入場した。席に着いた新郎は、愛好会の一員として、横笛を吹き、喝さいを浴びた。お色直しの後は、二人が入った太鼓の演奏。白袴に身を包んだ新婦の凛々しく躍動的なばちさばきにも大きな拍手が沸き起こっていた。


雄勝の伝承芸能「胴ばやし獅子舞」がめでたい席に花を添えた



新郎も笛を手に、獅子舞を盛り立てた



伊達の黒船太鼓の仲間たちと共に



新婦もときに凛々しく、そして躍動的に



新郎も力強くばちを振るった



演奏が終わって仲間と共に



感謝を込めて親に花束を贈る


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