2016/04/26

2016年4月26日 - 女川

旧女川一小で「認定NPO法人カタリバ」が被災地の放課後学校「コラボスクール・女川向学館」を開いているというので、友人で大阪音楽大学名誉教授の和泉耕二さんとともに訪問した。関西を中心に歌曲の歌い手たちが東日本大震災の支援を続けており、その関係で和泉さんに同行した。

女川町は850人近い人が犠牲になった。人口に対する死亡者率は被災地トップだった。海辺に面した市街地の大半が十数mの津波の襲来を受け、壊滅的な被害を受けた。高台の病院は残ったが、役場や駅など公共機関が機能を失い、商店街は姿を消した。

そんな中で、児童生徒たちの教育環境をどう守るかは大きな課題でもあった。3年前に小学校と中学校をそれぞれ1校に統合したものの、それでも課題山積の中、「認定NPO法人カタリバ」による「女川向学館」が、子どもたちの放課後をフォローしてきた。

石巻から国道398号線を走り女川町に入って少し行ったところに、コバルトラインに向かう道路と交差する地点がある。旧女川一小は交差点を左折し高台にのぼってすぐのところにあった。午後4時過ぎ、駐車場から歩き出したところ、見知らぬ我々二人に明るく「こんにちは」とあいさつする子どもたちがいた。聞けば「学校からバスで来た」という。

 昇降口を入って正面に掲示板がある。その日の時間割が掲示されていた。16時30分~17時20分が小学生対象。低学年が1教室を使い、高学年が学年ごとに分かれて授業形式で学習する。中学生は18時15分~19時35分の間に3教室に分かれ、中3理科、基礎英語、応用英語を学ぶという時間割が組まれていた。その脇に教室案内図。建物の1階部分に「職員室」「IT教室・高校生教室」「自習室・教務室」「マイプロ教室」のほか4教室が配置されていた。

案内をしてくれた先生は渡邊洸さんという若い人。岩手県北上市出身だという。「小中学生の約35%がここに通っている」と説明してくれた。スタッフはいろいろ。県内外から駆けつけてきた約20人。学校の管理職を辞してきている人や、大学を休学して子どもたちの授業を見ている人もいた。

大震災から5年がたったが、復興は道半ば。住宅事情から家庭学習ができる環境にない子どもたちや、メンタル・ケアの必要な子どももいる。「女川向学館」の先生たちは、そうした点に注意し、震災後ずっと子どもたちと接してきたという。

認定NPO法人カタリバのコラボスクールは女川と岩手県大槌町で開いている。女川の場合、町や教育委員会のほか、主要な地元企業や団体が支援しているが、「資金は足りない」と渡辺さん。そうした状況を知った関西の日本の心を歌曲で歌う集団が、「少しでもお手伝いしたい」という気持ちを持ち、石巻市出身の和泉さんが調査のために訪れたというもの。

和泉さんは「被災して間もなくのころと5年たった今では、被災地への支援のパワーが違うことをあらためて知った。子どもたちの生き生きした姿を見て、頑張っている先生たちへの支援が必要だ」と話していた。


小学校高学年の授業。先生の問いに手を挙げて…など学校と変わらない。



黒板に「木へん」の漢字を知っているだけ書き込む子どもたち



廊下には「四字熟語」が並ぶ



和泉さん(右)と案内してくれた渡邊さん



校舎の前には仮設住宅。復興はまだ道半ばだ



かつてはこんな風景も(カタリバのパンフレットから引用)


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