2016/04/03

2016年4月3日 - 雄勝

震災で多くの家が流され、残った家屋も取り壊された。町の約8割が被災した雄勝町では、震災前に町のあちこちで見られた雄勝石(玄昌石)スレート葺き屋根住居が、極端に減った。そんな中、高台で津波を免れた大須地区にスレート葺き住居が何軒かあり、何とも言えない安堵感を覚えた。

漁港に通じる坂を下り、途中から「大須崎灯台」へと向かった。急な勾配の坂を登ると白亜の建物が目に入った。近くの園芸用畑ではスイセンの花が満開。暖冬もあるだろうが、日差しをいっぱい受ける場所でもあり、低地よりも植物の育ちがいいように感じた。

大須の漁港は独特。外洋の荒い波を和らげるため、四角というよりは円形に消波ブロックや防波堤で囲んでいる。灯台から見るとその姿が明確にとらえることができる。大震災では津波が堤防を壊し、浜辺の漁業関連施設などを呑み込んだ。しかし犠牲者はいなかった。現在の港の囲いは、復旧された姿である。

東経141度32分39秒。宮城県のなかでは気仙沼市唐桑周辺に次ぐ東端。そこに、1947年灯台ができた。「板子一枚下は地獄」という海に生きる人たちが住む地域だけに、灯台への愛着も深く、地区民たちは周辺の清掃美化に努めてきた。季節の花が咲き、樹木の手入れも行き届いていた。

灯台からの眺めは素晴らしい。やや霞がかかっていて遠くを望むことはできなかったが、牡鹿半島はくっきり。その脇に尖った山頂が特徴の金華山が霞の中にうっすらと見えた。ぼんやりとだが水平線と大海原も視界に収め、両手を広げて深呼吸。何だかおおらかな気持ちになった。


雄勝石スレートの屋根瓦の家



温暖な地なのかスイセンが満開



船の安全を守る大須崎灯台



大須漁港



浜の豊漁を祈願し、地域の安寧を望む住民のよりどころとなる「八幡神社」


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