2016/04/04

2016年4月4日 - 雄勝

東に突き出た雄勝半島の東端が大須埼灯台で、そこから「V」の字のように結ぶ県道釜谷大須雄勝線を通り、大須小周辺から熊沢、羽坂、そして南橋の白銀埼灯台付近をかすめ、桑浜、立浜、大浜と車を走らせた。
大震災直後、半島の東側地区は幹線道路の県道が各所で破壊されたことで、「陸の孤島」となった。そこで、住民が駆け込んだのが大須小学校だった。今でも仮設住宅が校内に建ち、20世帯弱が生活している。

大須小の「災害時の学校対応」というリポートを読んだら、震災4日目の3月15日現在で743人が避難。そのころ、入った情報を「名振全滅、船越9割被災、雄勝全滅、立浜全滅、大浜全滅」や「新北上大橋がない、大川地区ひどい状態、雄勝、牡鹿、河北、北上への陸路は全て不通。陸の孤島状態」と記録にとどめている。

各浜は大変だった。あれやこれやと頭に描き、思いを募らせて熊沢や羽坂の漁港に立ち寄った。5年たった今、10mを超すという津波があったようには思えない風景を取り戻しているように見えた。

雄勝石のスレート葺き屋根が残る「旧桑浜小学校」は今、子どもたちの複合体験施設「MORIUMIUS(モリウミアス)」という形で活用されている。民間の団体が校舎内を開放的に改造し、寝泊まりができて浴室も備えた学習の場にし、運営している。校舎前にはミニ水田も設けられ古代米を育てている。学習メニューには沢遊びや木登り、木工品の製作のほか、海辺での漁師体験ではホタテやウニの採取も。春休みとあって、利用者もいた。

桑浜から立浜、そして大浜へ。港に入るとどこもそうだが、震災後に「常夜灯」が設置された。太陽光システムで、暗くなった港を照らすという。大浜漁港と道路を挟んだ向か側の高台に「葉山神社」がある。神社本殿は津波を免れたが、大きな揺れで倒壊。その後取り壊され、日本財団ほかの援助で立派に再建された。大浜地区の鎮守の森で、そこから石峰山(352m)への登山ができ、山頂には霊気の中に「石(いその)神社」が鎮座しているという。


熊沢、羽坂の漁港




スレート屋根が美しい旧桑浜小は子どもたちの体験学習の場に。
旧桑浜小学校 MORIUMIUS



立浜漁港



葉山神社から望む大浜漁港



立派に再建の葉山神社



港には太陽光利用の「常夜灯」





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