2016/04/09

2016年4月9日 - 中瀬

石巻市中瀬の「石ノ森萬画館」の斜め向かいにあった市指定文化財「旧石巻ハリストス正教会堂」は解体されて、今はない。跡地付近に教会堂の説明板が草むらの中に半分埋まるように倒れていたが、2016(平成28)年度中に「再び復活」するようだ。

「再び復活」とは、2度目だから。一度目は宮城県沖地震(1978年=昭和53年6月)に被災し、一度は取り壊しの危機にさらされた。それを市が譲り受け、石巻建青会の協力などがあって、中瀬に移築された。今回の大震災では4mを超す津波が襲い、ほぼ天井まで水に浸かった。被災間もなくのころは周辺に瓦礫が覆い、外壁の多くがはがされて、津波が貫通した形跡がはっきり分かった。それでも、上から見れば「十字架」の形をした教会堂の枠組みはそっくり残り、「2度も震災を乗り越えた」と、その保存、復活を望む市民の声が高まっていた。

教会堂は1880年(明治13)年に、同市新田町(現在の千石町)に「聖使徒イオアン聖堂」の名称で建てられた。宮城県沖地震が起きるまで、毎週日曜日に礼拝が行われていた。当時、「現存する木造教会堂としては日本最古」と言われ、移転建設が市民運動にもなった。私的なことだが、宮城県沖地震発生の4年前、同教会堂で結婚式を挙げたことで、感慨もひとしおだった。

中瀬一帯をどうするかという基本計画素案が昨年11月に示されている。基本理念は「かわみなと石巻の原風景の再生と創造~集い、伝え、学び、創る、開かれた水辺の社交空間~」。舟運、海運で今の石巻市が繁栄した歴史を、大切にするまちづくりが行われるためにも、これからの中瀬から目が離せない。


今年度中には「復活」の市指定文化財「旧石巻ハリストス正教会堂



教会堂内部(被災前)。2階の礼拝所。柵のある側に大きなイコンが飾られている。右奥に一階に通じる急な階段があった。結婚式はここで行われた



教会堂を説明する案内板



憩いの場になっている中瀬の公園



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