2016/05/26

2016年5月26日 - 石巻市 日和山

砕けてはまたかへしくる大波の ゆくらゆくらに胸おどる洋

 石川啄木(本名は一、1886~1912年)は岩手県渋民村の生まれ。盛岡高等小学校から旧盛岡中学校に進んだ。3年先輩に金田一京助、10歳下には宮沢賢治がいた。冒頭の歌は中学5年生当時の1902(明治35)年5月28日に修学旅行で石巻を訪れ、長浜海岸を詠んだ2首のうちの一首。

 啄木の歌碑が日和山以外に荻浜にもあることは、「ミニ報告32」で紹介した。その時(明治41年)は北海道から三菱汽船の船で上京する途中、荻浜に5時間停泊した中で詠んだという。修学旅行は海からではなく、北上川を川蒸気船で下って、石巻から北上運河と東名運河を通って松島湾に抜け、仙台まで行った。

 10歳下の宮沢賢治は啄木の訪問から10年後の明治45年5月27日、啄木と同じような行程によって、修学旅行で石巻を訪れている。賢治が作った詩歌は次の通りで、石碑に刻まれている。今から100年以上も前の5月の下旬に訪れた2人は、ともに10代半ば。作品のすごさに驚く。

われらひとしく丘に立ち
青ぐろくしてぶちうてる
あやしきもののひろがりを
東はてなくのぞみけり
そは巨いなる塩の水
海とはおのもさとれども
伝へてききしそのものと
あまりにたがふここちして
ただうつつなるうすれ日に
そのわだつみの潮騒えの
うろこの國の波がしら
きほひ寄するをのぞみゐたりき

 賢治の詩歌碑は公園内のだんご屋さんなど売店の後方付近にあるが、啄木の歌碑は「お花見広場」とか「大広間」と呼ばれる場所に建つ。その近くに新田次郎の歌碑とフランク安田顕彰碑が建つ。歌碑には「北上川の盡(つ)きるところのかすみにはなおとまどいの青き波かな」と刻まれていた。

 フランク安田(安田恭輔)は新田次郎著「アラスカ物語」の主人公。1868(明治元)年11月20日、石巻市湊に生まれる。啄木が上京する際に乗ってきたという三菱汽船の石巻支店(荻浜)に勤務するが、19歳で渡米。やがて「ジャパニーズモーゼ」と言われるほどの活躍を見せた。


石川啄木の歌碑。ここから河口と長浜海岸(新漁港)が見える。



宮沢賢治の詩歌碑。海を初めてみた感動が伝わってくる。



新田次郎が「アラスカ物語」を書くにあたって石巻を訪れた際に詠んだ歌を石碑に刻む。



フランク安田の顕彰碑。


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